最高裁判所第三小法廷 昭和26年(オ)469号 判決 1956年2月21日
上告人 馬場昇
被上告人 馬場寿美枝
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人大西幸馬、同大山菊治の上告理由第一点について。
論旨は、現行民法においては離婚の場合に離婚をした者の一方は、相手方に対して財産分与の請求ができるから、離婚につき相手方に責任があるの故をもつて、直ちに慰藉料の請求をなし得るものではなく、その離婚原因となつた相手方の行為が、特に身体、自由、名誉等の法益に対する重大な侵害であり不法行為の成立する場合に、損害賠償の請求をなし得るに過ぎないものと解すべきである。しかるに原判決が右と異なる見解をとり慰藉料の請求を認容したのは、慰藉料請求権の本質を曲解した違法があるというに帰する。
しかしながら、離婚の場合に離婚した者の一方が相手方に対して有する財産分与請求権は、必ずしも相手方に離婚につき有責不法の行為のあつたことを要件とするものではない。しかるに、離婚の場合における慰藉料請求権は、相手方の有責不法な行為によつて離婚するの止むなきに至つたことにつき、相手方に対して損害賠償を請求することを目的とするものであるから、財産分与請求権とはその本質を異にすると共に、必ずしも所論のように身体、自由、名誉を害せられた場合のみに慰藉料を請求し得るものと限局して解釈しなければならないものではない。されば、権利者は両請求権のいずれかを選択して行使することもできると解すべきである。ただ両請求権は互に密接な関係にあり財産分与の額及び方法を定めるには一切の事情を考慮することを要するのであるから、その事情のなかには慰藉料支払義務の発生原因たる事情も当然に斟酌されるべきものであることは言うまでもない。ところで、これを本件について見ると、被上告人は本訴において慰藉料のみの支払を求めているのであつて、すでに財産分与を得たわけではないことはもちろん、慰藉料と共に別に財産分与を求めているものでもない。それ故、所論の理由により慰藉料の請求を許されずとなすべきでないこと明らかであるから、所論は理由がない。
同第二点について。
原判決は、本件離婚の原因が、主として上告人の母キシノの被上告人に対する冷酷な言動にあつた事実を認定し、かつ上告人が夫として破局を防止し得たにかかわらずその努力を怠つたことを理由として上告人に離婚の責任があるとしたに止まらず、上告人が「むしろ母の言動に追随する有様であつた」との事実をも併せて認定しているのである。してみれば、所論のように上告人の行為を不作為だけとなすのは当らない。そして、論旨は、現行民法により財産分与請求権が認められた以上、特に重大な権利侵害があつた場合でなければ慰藉料請求は許されないとの理論を前提としているが、右理論自体が誤りであることは、第一点について判示したとおりであるから、所論は採るを得ない。なお、論旨中には違憲をいうけれども、その実質は上告人に本件離婚の責任があるとした原判決の実体法規の解釈適用を非難するに帰するので、適法な違憲の主張に当らない。
その他の論旨は、原審に審理不尽の違法があると主張するに過ぎず、すべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 木村善太郎)
○昭和二六年(オ)第四六九号
上告人 馬場昇
被上告人 馬場寿美枝
上告代理人弁護士大西幸馬、同大山菊治の上告理由
第一点
原判決は離婚の場合の慰籍料請求につき、法律の解釈を誤つた違法がある。
原判決理由によると『自己の責に帰すべからざる事由により離婚せざるを得なくなつた場合に、その無責の当事者から有責の当事者に対し損害賠償を請求し得ることについて、民法に特別の規定のない現状の下においては、右請求の当否は結局不法行為又は債務不履行の一般規定によつてこれを判断する外はないものといわなければならない。』と判示せられた。
併し新民法に於ては離婚の場合には協議上の離婚であると裁判上の離婚であるとを問わず、離婚をした者の一方は相手方に対して財産分与の請求ができるから(民法第七六八条七七一条)この財産分与の請求権が認められた精神及び夫婦生活の本質より見て、慰藉料の請求は一般的に普通の条件のもとでは認められないものと解すべきである。即ち離婚につき相手方に責任があるの故を以て、直ちに慰藉料の請求を為し得るものではなく、その離婚原因となつた相手方の行為が特に身体、自由、名誉等の法益に対する重大な侵害であり、不法行為が成立する場合に不法行為上の損害賠償の請求を為し得るに過ぎないものと解すべきである。(東京地方裁判所昭和二十四年(タ)第一四四号、同二十六年三月五日一部判決法曹新聞二十六年九月一日発行第五十一号掲載参照)然るに原判決は前記のように離婚の場合無責の当事者は有責の当事者に対し、不法行為又は債務不履行の一般規定によつて、慰藉料の請求が当然認められるような見解を採り、その前提の下に本件具体的事実について判断をしたから、第二点で論難するような母親の行為につき不作為による不法行為の責任があるものとして慰藉料の請求を認めるようになつたので、前述の離婚の場合の慰藉料請求権の本質を曲解した結果に外ならないのである。故に結局原判決は重要な法令の解釈を誤つた違法であり破毀を免れないものである。
第二点
原判決は不作為による不法行為の成立につき法律の解釈を誤つた違法があると共に憲法第二十四条の精神にも反して居る。
原判決はその理由中段において『被控訴人の応召後も減段することなく、母キシノと控訴人の二人が主体となり耕作をつづけ、被控訴人の応召不在中もその供出米は従前通り毎年四十七、八俵を降らなかつたこと、控訴人は生来強健であつたが農耕による過労のため健康を害し、農耕を休むことしばしばとなるに至つたところから母キシノの控訴人に対する態度漸く冷淡となり、事毎に「弱い嫁では勤まらぬ」「こんな身体の弱い嫁を貰つて見損つた」などと口外し、控訴人の病気治療代すら出ししぶることがあつたので、控訴人は過労に加え神経衰弱症に罹り昭和二十年一月以来静養のためしばしばその実家に赴き滞留したこと、控訴人は被控訴人の昭和二十三年六月復員後は再び同棲するに至つたが、同二十四年一月中旬頃より嘔気、嘔吐、食慾不振になつて休養するや、母キシノは控訴人の枕頭に至り「こんな身体の弱い嫁を貰つて見損つた」とまたまた控訴人を非難して姑として示すべき温情なく、被控訴人も亦夫としての妻たる控訴人を庇護する熱意を寄せずむしろ母の言動に追随する有様であつたため、控訴人は同年二月被控訴人及びその両親に宛て自殺の意を含みた遺書を残して婚家を去つたこと』を認定し、次で『本件について被控訴人と控訴人との夫婦関係が破綻するに至つた発端は、被控訴人の母キシノの嫁たる控訴人に対する思いやりの足りなかつた態度によることは前認定のとおりであるが、もし夫たる被控訴人にして妻たる控訴人に対し相互扶助の精神に立脚し、温情と誠実とを以てこれに対抗し、母を諫めその啓蒙に十分の努力を払つたならば或は破綻を防止し得たるものと考えられる。被控訴人たるものの本件の破鏡が専ら母キシノと控訴人との関係によるもので、自分の関するところでないとして恬然たるを許さるべきでない。被控訴人が誠意を尽して母と控訴人との間のわだかまりを解消し、円満な生活のできるよう最善の努力を払つたにかかわらず、尚且これを匡救し得なかつたとの立証のない限り被控訴人は本件離婚により控訴人の被つた損害を賠償すべき義務を免れ得ないものとせねばならない。しかし本件において被控訴人に右のような努力を払つた跡の認め得られないことは前述のとおりである』と判示し、上告人の不作為による不法行為を認めたのである。
併し第一点に於て述べたように慰藉料の請求は一般的に普通の条件のもとでは認められないもので、特別に身体自由、名誉等に対し重大な侵害がある場合にのみ認むべきものであるから、自己の行動によらない第三者の行為については、不作為による慰藉料請求の如きは認めるべきものでない。
又仮に離婚の場合不作為による不法行為に基く慰藉料請求を認むべきものであるとしてもその者に作為義務があり、且事実上作為があれば離婚の結果を防止し得べきにかかわらず防止しなかつた場合にのみ限るべきである。本件の場合上告人は昭和十九年六月一日今次の大戦に応召し、昭和二十三年六月復員したものであつて、本件離婚の原因となつた被上告人たる嫁と姑たる上告人の母キシノとの折合が拙くなつたのはその不在中の出来事で、上告人が復員後は上告人の努力によつて一旦同棲するに至つたが、右嫁姑間の折合は解消するに至らず、遂に被上告人が実家に帰るに至つたのであるばかりでなく、被上告人も妻として夫たる上告人に対し凡べて打明け誠意と愛情を以て協力して姑との円満を図つたならば或は打開の途があつたかも判らないのにかかわらず、その挙に出でないのであるから独り上告人のみに妻を庇護する熱意がなかつたものとして責むるのは実際上当らないのは勿論、憲法第二十四条の両性の本質的平等の精神にも反するのである。殊に全家族が同一家屋に同居する地方の農家で一家の世帯を切廻わして居る母親に対し、息子が嫁とのわだかまりを解消することの困難なるは想像に余りあり、下手に容啄するときは却つて逆効果を来す場合もあり得るばかりでなく、上告人は四年余も戦争のため苦労に苦労を重ね漸く生命のみを取り止めて帰還した早々の問題で、肉体的にも精神的にも未だ落付かない状態にある際のことであるから妻の立場のみに同情し、夫たる上告人に対してのみ判示のような義務を認めるのは前記憲法の精神に反するばかりではなく、実際上無理で妻たる被上告人の協力なく上告人のみの努力では離婚の結果を防止することは不可能である。現に上告人は自ら被上告人を訪問して子供も出来た事だから是非帰つて呉れるようにと懇々と交渉したのにかかわらず、被上告人はこれを拒絶したため離婚に進むの外ないようになつたのであつて、被上告人も妻として夫たる上告人と協力して憲法第二十四条の婚姻は夫婦の協力によつて維持しなければならない精神に反して居る、故に本件の場合は上告人に作為義務あり、且その努力によつて離婚を防止し得べきにかかわらず防止しなかつた場合と認められないものと解すべきであるから、慰藉料請求権は認めることができないのである。然るに原判決は叙上の理由を無視し封建的思想に促われ、妻の地位を誤解し憲法第二十四条の両性の本質的平等及び夫婦が相互に協力して婚姻を維持しなければならない精神を無視し、妻の義務を等閑に附し夫たる上告人のみに過重の作為義務を認めた結果、被上告人の慰藉料請求を容認したのであるから、結局冐頭掲記の法律違背及び憲法違反がある。
第三点
原判決は判断に重大なる影響を及ぼすべき審理不尽の違法がある。
原判決は第二点に援用した理由の如く『被控訴人が誠意を尽して母と控訴人との間のわだかまりを解消し、円満な生活のできるよう最善の努力を払つたにかかわらず、尚且つこれを匡救し得なかつたとの立証のない限り被控訴人は本件離婚により控訴人の蒙つた損害を賠償すべき義務を免れ得ないものとせねばならない』と判示せられた。
併し原審裁判所が上告人(被控訴人)の不作為による責任を問題にするならば、須らく上告人は右判示の点につきどのような努力をしたか具体的事実の釈明を求め、その立証の有無を確めるのが相当である。第一審では被上告人本人訊問をして居るが上告人の本人訊問をして居らないのであるから、控訴審に於ては当事者双方が少くとも公平の原則に照し、未だ一度も訊問しない上告人本人の訊問をしてその点を明らかにすべきである。然るに原審裁判所は唯一回の口頭弁論を開いたのみで一審の記録のみによつて書面審理し、右釈明及び立証には触れず結審して裁判したのであるから重大な争点につき審理を尽さない違法がある。
第一審判決の主文及び事実
主文
反訴原告(被告)と反訴被告(原告)とを離婚する。
未成年者長女みね子の親権者を反訴被告(原告)とする。
原告(反訴被告)の請求及び反訴原告(被告)の第一項以外の請求はいずれも之を棄却する。
本訴並びに反訴費用は之を五分し、其の三を原告(反訴被告)の負担とする。
事実
原告(反訴被告)訴訟代理人は、
(本訴)
原告(反訴被告、以下単に原告と略す)と被告(反訴原告、以下単に被告と略す)とは昭和十九年三月二日婚姻をし爾来同棲して来たが、原告は昭和十九年六月一日過般の戦役に際し召集せられ、出征し幾多の困苦とたたかい営養失調症になやみながら同二十三年六月一日復員帰郷したものである。然るに被告は原告応召期間中故なく実家に帰り、前記昭和二十三年六月三日原告が復員の挨拶の為被告の実家に赴いた際の如きも原告に対する態度極めて冷かにして原告に対する愛情更になく、同月二十五日原告の祖父深太死亡した際も通知により始めて原告方を訪れた如き次第である。のみならず被告は同二十四年二月十七日原告に宛て「永い間お世話になりました云々」との書置を残して家出したので、原告は百方被告の飜意を促し原告方に復帰すべく求めたが被告に於て更に之に耳を藉さず今日に至つた次第である。
是により之を観るときは被告は故ら原告を遺棄したものと言うことが出来るのみならず、一面原告に於て、被告との婚姻を継続し難い重大なる事由ある場合に当ること明らかであるから、原告は被告を相手方とし福島家庭裁判所若松支部に対し離婚調停の申立をしたが被告に於て之に応じないので本訴に及んだものである。
(反訴について)
被告と原告との離婚については、被告請求通りの判決を求める。其の余の反訴請求は之を棄却する、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、答弁として被告の主張事実中原告の主張に反する事実は総て之を否認すると述べ、仮に被告主張の如く原告の実母キシノに於て被告に対し被告主張の如き行為があつたとしても、之が為原告に於て何等の責任を負うべき筋合ではないから、被告の請求は失当である。
(立証)(省略)
被告(反訴原告)訴訟代理人は
(本訴について)
原告の請求は之を棄却する、との判決を求め、答弁として、原告主張の日原告と被告とが婚姻したこと、原告より離婚の調停申立があり之が不調となつたことは認めるが其の余の事実は否認する。被告は後記の如く原告の実母より虐待並びに侮辱を受け同居に堪えず実家に帰つたものであつて、原告を遺棄したものではない。よつて原告の請求は失当である。
(反訴)
被告と原告とを離婚する、原告は被告に対し金三十万円及び之に対する昭和二十四年七月二十二日以降完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払わなければならない、訴訟費用は原告の負担とするとの判決並びに金員支払の点について、担保を条件とする仮執行の宣言を求め其の請求の原因として、被告は昭和十六年十月頃大沼郡高田町の福田歯科医に治療の為通つていたが、その際原告の母も同医院に来合せ同人より見染められ訴外馬場博を介し、同十七年暮頃より翌年一月迄の間八回に亘り原告の妻として懇望せられたので、被告も之を承諾し右博夫妻の媒酌により同十八年四月十二日原告と華燭の典を挙げ、爾来同棲し同十九年三月二日戸籍上の届出を了した次第である。然るに原告は昭和十九年六月一日太平洋戦争に召集せられたので、被告は原告不在中も原告家に留まり舅姑に仕え、家業たる農に従事して来たが、生来頑健なる被告も昭和二十一年秋収穫終了頃より過激なる労働継続の極めて疲労し病気となりたるに、原告の母は被告に対し、口癖の如く病弱の嫁では勤まらぬから帰れと言われたので静養の為実家に帰るの止むなきに立至り、大沼郡高田町熊川医師の手当を受けつつ同二十三年六月二十五日まで滞在するに至つた。原告は昭和二十三年六月一日復員して来たが被告に対し体が悪かつたら家に帰つて治療し体のよい時だけ働いて呉れと馬場恒男を介して申入れて来たので前記の如くその頃より同二十四年二月十日頃迄の間被告の実家及び原告方を往来して、その間原告方の同年秋収穫の手伝等をもしたものである。
被告が右の如く原告方に止り得ないのは原告の母が「そんなに弱い嫁では家では勤まらない、嫁に来た時持参した品物が少かつた、一人前の仕事が出来ない、馬喰の娘だから馬の扱いだけは出来るがその外の仕事は何一つ満足にやれない」等と罵倒し果ては両親や親族の上にまで悪罵を浴せ原告亦復員後之を見ながら被告に対し冷淡にして母と性格が合わないから家に置けぬと称し離婚を強要した。被告は昭和二十四年二月中自殺の目的で家出したものであつて原告を遺棄する意思毫もなく当時原告の胤を宿していたので過去の感情を水に流し、婚姻を継続したいとの見地より昭和二十四年三月二十八日原告に対して婚姻継続を目的とする家事調停を福島家庭裁判所若松支部に申立したが原告に於て之を肯じない為右調停は不調に帰したものである。斯くの如く原告が前記調停に於て調停委員の理解と熱意ある勤告にも拘らず被告の要求を拒絶したのは即ち配偶者である被告を遺棄した場合に当り、又敍上の原告方の被告に対する各所為は所謂婚姻を継続し難い重大なる事由ある場合なるを以て、茲に原告との離婚を求める。
而して被告は小学校高等科を卒業し、嫁入するまで農家の嫁として何等差支ない躾と訓練とを積み来つた初婚者なるところ幸福なるべき結婚生活を原告の為破壊せられ、離婚の止むなきに至り精神上の苦痛甚大なるものがある。原告は小学校高等科を卒業したものであるが原告の資産は山林、山畑、宅地、建家等動、不動産を併せ其の総資産は三百万円と称され、居村村民税三十六級中四級にある点、被告が原告応召不在中農業に従事し被告の母より前記の如く侮辱と虐待を受けたこと、及び原告との間に於て一子を挙げたこと等を考え合せるときは原告は被告に対し慰藉料として金三十万円を支払うべき義務あるを以て、右金額及び之に対する訴状送達の翌日である昭和二十四年七月二十二日より完済まで年五分の割合による金員の支払を求めるものである。
(立証)(省略)
第二審判決の主文、事実及び理由
主文
原判決中控訴人(反訴原告)の被控訴人(反訴被告)に対する慰藉料請求を棄却した部分を左の通り変更する。
被控訴人は控訴人に対し金七万円及びこれに対する昭和二十四年七月二十二日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし、
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決中控訴人の被控訴人に対する慰藉料請求を棄却した部分を取消す、被控訴人は控訴人に対し金十万円及びこれに対する昭和二十四年七月二十二日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において
一、被控訴人の母キシノが嫁である控訴人に加えた不法行為に対して、夫である被控訴人はこれを防止すべき作為義務があるに拘らず、これを知りながら放置して省みず、むしろ姑に加担し、姑の行為を是認して母の性格に合わない嫁は家に置けないと称して離婚届書に捺印を強要する被控訴人の所為は明らかに姑との共同不法行為を構成するものである。仮りに被控訴人に右不法行為の責任がないとするも、控訴人は正当の理由なく婚姻関係を破壊されたことにつき被控訴人に不法行為の責任を問うものである。
二、控訴人は原審において被控訴人に対し金三十万円の慰藉料を請求したが当審においてはこれを減縮し金十万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日たる昭和二十四年七月二十二日より完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
(立証省略)
理由
本件控訴は、原判決中控訴人(反訴原告)の被控訴人(反訴被告)に対する慰藉料請求を棄却した部分を対象とするのであるから、当審における審理も右の範囲に限局されることはいうまでもない、しかし原判決中、被控訴人(原告)の控訴人(被告)に対する離婚請求を棄却した部分及び控訴人(反訴原告)の被控訴人(反訴被告)に対する離婚請求を認容した部分については、被控訴人から控訴も附帯控訴も提起しないのであるから、右の判決は確定したものといわなければならず、従つて本件慰藉料請求については右離婚判決の確定したことを前提としてその当否を審判すべきであることも自明のことである。
ところで原判決が被控訴人の離婚請求を排斥し、控訴人の離婚請求を認容した理由は、要するに離婚原因につき責任控訴人になくむしろ被控訴人側の責に帰すべき事由により離婚の止むなきに至つたものというにあることは原判文上明らかであるが、自己の責に帰すべからざる事由により離婚せざるを得なくなつた場合にその無責の当事者から有責の当事者に対し損害賠償を請求し得ることについて民法に特別の規定のない現状下においては、右請求の当否は結局不法行為又は債務不履行の一般規定によつてこれを判断する外はないものといわなければならない。
よつて按ずるに、成立に争のない甲第一、二、三号証、乙第十一号証の一、二、原審における控訴人本人訊間の結果により成立を認めうる乙第五号証、原審証人馬場博、十二所宗七、根本光正の各証言、前掲控訴人本人訊問の結果を綜合すれば控訴人は昭和十七年頃より被控訴人の母キシノから被控訴人の妻として懇望されたので、これを承諾し、訴外馬場博の媒酌のもとに、同十八年四月十二日初めて被控訴人と事実上の婚姻をして同棲し、翌十九年三月二日婚姻届出をすましたのであるが、被控訴人家においては同年六月一日被控訴人が応召するまでは被控訴人が主となつて水田一町二反、畑約一町歩を耕作して村内における大百姓であつたこと、被控訴人の応召後も減反することなく、母キシノと控訴人の二人が主体となり耕作をつづけ、被控訴人の応召不在中もその供出米は、従前通り毎年四十七、八俵を降らなかつたこと、控訴人は生来強健であつたが、農耕による過労のため健康を害し、農耕を休むことしばしばとなるに至つたところから母キシノの控訴人に対する態度漸く冷淡となり、事毎に「弱い嫁では勤まらぬ」「こんな身体の弱い嫁を貰つて見損つた」などと口外し、控訴人の病気治療代すら出ししぶることがあつたので、控訴人は過労に加え神経衰弱症に罹り、昭和二十年一月以来静養のためしばしばその実家(婚家から約三十丁のところ)に赴き滞留したこと控訴人は被控訴人の昭和二十三年六月復員後は再び同棲するに至つたが、同二十四年一月中旬頃より、嘔吐、食慾不振になつて休養するや、母キシノは控訴人の枕頭に至り「こんな身体の弱い嫁を貰つて見損なつた」とまたまた控訴人を非難して姑として示すべき温情なく、被控訴人も亦夫として妻たる控訴人を庇護する熱意を寄せず、むしろ母の言動に追随する有様であつたため、控訴人は同年二月被控訴人及びその両親に宛て自殺の意を含めた遺書を残して婚家を去つたこと、その後被控訴人は控訴人を相手どり、離婚調停を申立て、一方控訴人も亦当時姙娠中で被控訴人との離婚を望まなかつたために、被控訴人を相手方として婚姻継続の調停申立をしたが、いずれも不調に終つたこと、控訴人は同年九月女児みね子を分娩したこと、以上の事実が認められる。右認定に反する原審証人馬場キシノ、馬場恒男の各証言は採用し得ず、その他被控訴人提出の全証拠をもつてするも前認定を左右するに足りない。
およそ、夫婦は、相互に誠実と愛情を基調として相扶けあい、足らざるを補いつつ共同生活の平和と幸福に協力すべき義務あることは、あえて、民法第七百五十二条の規定をまつまでもないところである。従つてもし第三者が夫婦関係の安穏を脅かすような場合には極力これを防遏してその脅威を取り除くことに努めなければならない。本件において被控訴人と控訴人との夫婦関係が破綻するに至つた発端は被控訴人の母キシノの嫁たる控訴人に対する思いやりの足りなかつた態度によることは前認定のとおりであるがもし、夫たる被控訴人にして妻たる控訴人に対し相互扶助の精神に立脚し、温情と誠実とを以てこれに対処し、母を諫めその啓蒙に十分の努力を払つたならば或は破綻を防止し得たものとも考えられる。被控訴人たるもの本件の破鏡が専ら母キシノと控訴人との関係によるもので自分の関するところではないとして恬然たるを許さるべきでない。被控訴人が誠意を尽して母と控訴人との間のわだかまりを解消し、円満な生活のできるよう最善の努力を払つたにかかわらず、尚且これを匡救し得なかつたとの立証のない限り被控訴人は本件離婚により控訴人の被つた損害を賠償すべき義務を免れ得ないものとせねばならない。しかも本件において被控訴人に右のような努力を払つた跡の認め得られないことは、前述のとおりである。
よつて進んで被控訴人が支払うべき慰藉料の数額につき按ずるに、前掲各証拠と成立に争のない乙第七乃至九号証、原審証人馬場キシノの証言の一部を綜合すれば、被控訴人は訴外馬場半次とキシノの長男として大正八年六月十五日出生したもので昭和十八年四月十二日控訴人と婚姻した事情は前段認定のとおりであるが、被控訴人方は田一町二反歩、畑約一町歩を耕作し、供出米は毎年四十七、八俵を降らず、村一審の大百姓と目され、被控訴人名義をもつて居村である旭村大字寺入字館山下千六百十八番山林一畝二歩外五十二筆、同村同大字字萱窪千九百二十五番地原野三畝十一歩の外十三筆、同村同大字村北五十二番地宅地二百七十二坪等を所有しており、被控訴人家は旭村村民税額三十六級の内四級に当る資産家であること、被控訴人の父半次は脳溢血症にて昭和二十一年以来引続き病床にあるため、昭和二十三年六月被控訴人の帰還後は、被控訴人が専ら農耕の主体となつていること、他方控訴人は訴外根本光正の二女として大正十二年三月二十日出生し、高等小学校を経て、高田町の実業学校を卒業の後被控訴人と初めて婚姻したこと、控訴人は無資産であるが、その実父の資産は田畑合せて約三町二反歩を所有し、中流の生活を営んでいること、以上の事実が認められる。かかる事情とさきに認定した諸般の事情とを彼此あわせ考えると、控訴人の被控訴人に対し支払うべき慰藉料の額は金七万円を以て相当と認める、しからば被控訴人は控訴人に対し右金七万円及びこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明白である昭和二十四年七月二十二日以降完済に到るまで民法所定の年五分の割合による遅延損割金を支払う義務あるものといわなければならない。控訴人の請求は右の限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。本件慰藉料請求を全部排斥した原判決中控訴人の被控訴人に対する慰藉料請求を棄却した部分を変更し、訴訟費用につき民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十二条を適用して主文の通り判決する。